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Future Talk vol.2 -世界に出て始まった日本茶の旅-茶の思月園


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東京・赤羽にある「思月園」は、昭和五年創業、三代にわたって受け継がれてきた老舗のお茶専門店です。歴史あるそのお店には、常にお茶に興味を持つ20代~30代の若い人々が集い、お茶について店主の高宇政光氏と楽しく語り合っています。

高宇政光氏は日本茶インストラクターの立ち上げにも関わられた第一期生であり、日本紅茶協会のティーインストラクターでもあります。お茶に関する著書も多数。自店舗でのお茶のセミナーを月に約4回、その他講演や海外でのセミナーなどでも精力的に活動されています。

お茶離れが進んでいると言われて久しいですが、「本当にそうなのかな」と高宇氏。
チャーミングな笑顔と軽妙なトーク。わくわくするような体験談、お茶の面白さ。聞いていると自然と笑顔に、そしてどんどんお茶が楽しく感じてくるのです。「僕はこういうことが好きで楽しんでやっているからですよ。やっている方が楽しくしないと、相手も楽しいと思ってくれないから」。

高宇氏がこれまで歩んでこられた道、ちょっとだけお話をご紹介いたします。

■世界に出て、日本茶の旅が始まった

(高宇氏)
あまり言っていないんですけど、僕は大学時代、学生運動に参加していて、実はほとんど授業に出ていませんでした(笑)。工学部電気工学科に通っていたのですが、結局、大学は中退しました。家が茶業をしていたのですが、当時は昔ながらのお茶屋があまり好きでなく、海外への憧れもあって、1974年、ヨーロッパに一人で旅立ったんです。英語は事前に猛勉強しました。安く行く方法を調べて、横浜から当時のソ連、ハバロフスク、モスクワを経由してヘルシンキへ。初めて見る海外は新鮮なことだらけ。このときに海外に飛び出したのは良い経験だったと思います。

そのあと、父に頭を下げて「茶屋をやらせてくれ」と。でもやはり自分の中で茶屋としてこれから何をしていくべきか行方不明になっている部分があって。また海外に行きたくなったんです。その気持ちを汲んでくれた妹が「私がその間、店番をするから行っておいで」と言ってくれて。わざわざ家族で引っ越しまでしてくれて...。そんな家族の支えもあって、また海外へ旅立ったんです。今度は車で。

(茶師・森)
どうして車だったんですか?

(高宇氏)
国境を越えてみたかったんです。島国の日本だと、外国と海で隔てられていて国境線がない。でも海外ではずっと国が陸続きでつながっていて...。国境を越えたときに時間も景色もすべて変わる...そんな瞬間を体験したかったんです。

(園主・森)
海外で一番印象に残っていることは何ですか。


 

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(高宇氏)
フランスで出会った日本人との会話ですね。その人がモロッコの砂漠でとあるカメラマンと一緒に同行していたときの話でした。何もない広大な砂漠を前に、ふと横を見ると、カメラマンが景色を見ながらずっとメモをとっていたそうなんです。それを見て、その人は「この人は俺に見えないものが見えているんだ」と思ったそうです。僕は、そんなことを素直に感じるその人の感性もいいな、と思うんです。旅の醍醐味は、どこに行って何を見たかではなく、誰に会って何を話したか...かなと思いますね。

 

(園主・森)
そのような海外での豊かな出会いと経験が今に生きているのですね。

(高宇氏)
そう思います。このときにインドやヨーロッパ、北アフリカなどをまわりました。ドイツのお茶屋さんには、お金を払ってお茶を飲むコーナーが併設されていて、それを見たときは本当に衝撃でした。今では日本茶の喫茶店が増えてきましたが、当時、お茶はタダで提供されるものだという認識があった。この場面を見たとき、自分の目指すお茶屋というものが見えてきた気がしたんです。

■A4の紙1枚に描いた「自分の理想の店」

(高宇氏)
海外から帰ってきて、約25年ほど前にお店を改装しました。そのときに、僕は、「こういうお店にしたい」という目指す姿をA4用紙1枚にまとめて、設計士さんに渡しました。あと、伝えたことは、和にも洋にもしないでほしいということでした。

(茶師・森)
確かに、思月園は日本の老舗とパリのお店の中間のような不思議な佇まいですね。

(高宇氏)
用紙に書いた一番最後の行には、「世界につながる拠点にしたい」と。これを書いたときには自分が世界に出るつもりはあまりなかったんですけど、今はでていくようになりました(笑)。もう一つ、新しく始めたかったのは、お茶を伝える時間、それを有料の日本茶セミナーとして行うということでした。当時はそんなことをしているお茶屋さんもほとんどなく、非難されることもありました。その時代、お茶屋が売っているのはお茶の葉のみ。お客様によっては、どのように淹れたらおいしいのか、お茶のプロの淹れ方を知らないわけです。一つの茶葉も淹れ方でまったく違う味になる。お茶の淹れ方の基本を伝え続けていかなければ、将来的に誰も急須を使わなくなってしまうのではないか、と僕は感じていました。

初めて日本茶のセミナーを開催したのは町の公民館でした。広い場所だったし、最初はお付き合いもあって1回目に20人くらいの人が集まってくれました。そして2回目には16人、3回目には1人になりました。3回目に来てくださった方が部屋に入ってきたときの「私だけだ!しまった!」という表情をすごく覚えています(笑)。

もちろん、一人であっても来てくださったことに感謝してセミナーを開催しました。よく日本茶インストラクターの人から「セミナーを開催しても誰も来ないときがあります」と相談を受けますが、それはよくあることですよ、と僕は言います。大切なのは、次にもう1回やろうという気持ちなんです。

このときの経験から、もう少しこじんまりしたスペースでセミナーをできたらいいなということでお店の改装に踏み切ったわけです。

この活動に対する評価の風向きが変わったのは、20年前に南日本新聞・静岡新聞の合同新聞掲載「静岡・鹿児島平成茶考」で紹介してもらったことかな。(1998年~1999年に掲載)

(茶師・森)
よく覚えています。

(高宇氏)
それから、茶業青年団の人たちの中でも、今の日本茶インストラクターのような仕組みを作りたいという動きがあって、当時、日本茶セミナーをやっていた人があまりいなかったので、「お前、手伝ってくれないか」という話がきたんです。日本で昔からずっと日常茶飯事で飲まれていたお茶は、実は煎茶ではなく番茶です。地方ごとに、その地域の風土を生かした個性的な番茶が作られていました。番茶は土瓶で煮出して飲むのが主流。しかしその淹れ方では煎茶はおいしく淹れられない。煎茶を広げていくために、煎茶の淹れ方を正しく伝えていく担い手を育てていく必要があったんですね。

(茶師・森)
日本茶インストラクターの通信教育のDVDには高宇先生が登場されていますね。

(高宇氏)
もう変えてほしいって言っているんだけどね。ずいぶん若いときの映像だから(笑)。

組織の作り方も何もわからなかったけど、ある出会いがあって、その方の教えがあり、3~4年でNPO法人日本茶インストラクター協会が立ち上げられました。

そのあとも、海外向けに1時間まるごと英語でのセミナーをやってくれ、人を育ててくれ...という声がかかるようになりました。

(園主・森)
お茶について1時間セミナーをする、話をするということも、高宇先生のように世界をまわって、お茶の歴史を学んで、引き出しをたくさん持っていらっしゃるからできることですね。それを英語でも...本当にすごいです。

(高宇氏)
海外でセミナーをするにあたっては、その国の事情を知らないといけないですね。日本で当たり前なことが、海外では当たり前ではないんですから。たとえば急須。これは輸出してもだめだなと。だって、海外には保温ポットがないから、そもそも二煎目のお湯がないんです。海外の人に「二煎目、三煎目で違う味わいが楽しめますよ」なんて言えない。伝統回帰だけでは先細りしてしまうんです。海外に日本茶を広めるためには、パッと淹れられるお茶、道具を考えないと。どんな茶器がいいんだろう、どんな湯呑みがいいんだろうとね。今、デザイナーの視点から作り上げたお茶の世界がいろんなところで評価されていますし、それが若い方に新しい形で日本茶を広めています。ある若い茶業経営者と一緒に出展してテーブルコーディネートを考えていたとき、準備中に彼が突然消えて、どこに行ったんだろうと思っていたら、帰ってきたときに小さな花を買ってきました。それをテーブルにそっと生けるだけで空間が見違えるように変わりました。これがデザインなんだと思いましたね。

■私たちは「ティータイム」を売っている

(高宇氏)
お茶離れが進んでいるという話はよく聞きます。でも僕のお店にはお茶に興味がある若い人たちがたくさん来てくれるし、日本茶は今注目されていると感じています。茶葉の需要量でいえば人口減の中で減っていくことは予想されますが、お茶文化がなくなることはないでしょう。世界大戦中のロンドンで、戦時中でもお茶を飲んでいる兵士の写真が残っています。一つのティーバッグを大切に何回も繰り返して使っていたそうです。人には、お茶の時間が必要なんです。どういうお茶をどういう風に楽しんでもらうか、それを私たちは提案していかなければいけないと思います。


 

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(園主・森)
美老園のスタッフで3年前に作った「サツマルシェ」というティーバッグの商品があるのですが、そのイメージ写真の撮影にあたり、スタッフにすべて任せていたら、日本茶をティーカップに淹れて撮影したんです。私の中では、日本茶は湯呑みで、という感覚が強かったのですが、今の若い人はこうやって新しくお茶をとらえているんだと、新鮮に感じたことがありました。

 

(高宇氏)
そういうことなんです。皆さん、自分の感性でティータイムを楽しんでいる。私たちができることは「あなたが淹れるおいしいお茶、そのお手伝い」に尽きると思います。

今、若い人を中心におしゃれな日本茶の喫茶店ができているし、高級レストランでもお茶を提供するお店が増えています。そこで私たちがしなければならないことは、おいしいお茶とはこういう味だ、ということを伝えること。これは日本茶専門店の役割です。お茶の原則を知って、ポイントを理解した上で、自分の感性で自由にアレンジすること。それが本当の意味の自由です。茶道も煎茶道もそうですね。型を知って型を破れば「型破り」、型がなければ破ったところでそれは「型無し」なんです。

(茶師・森)
日本茶専門店とお店との関わり方、お客様への伝え方が、お茶の魅力を未来へつなげていくためにますます重要ですね。

(高宇氏)
年に一度開催されるお茶のコンテスト「日本茶AWARD」に私も関わらせていただいていますが、このコンテストの大きな意義は、お茶の評価に消費者の視点を加えたこと、そして「TOKYO TEA PARTY」で全国の出品者の方々がおいしく淹れるプレゼンテーションを行うことだと思います。お茶の業界の評価方法は、茶葉の欠点が一番出やすい淹れ方で試飲し、欠点を探していく方法で行い、一番欠点が少ないお茶が最良とされます。これまではその評価が生産農家に伝えられ、生産技術を向上させる良い場でありました。しかしながら、これからは消費者にお茶のおいしさを伝える場が必要です。そのお茶の良いところを見いだし、魅力的なお茶とは何かをお茶業界と消費者で共有するのが日本茶AWARDです。

茶葉の形状を見て、形についていろいろ語るよりも、その形状から、このお茶はこういう風に淹れるとこんな味わいになるんです、こんなお菓子と合います、と伝えるようにならないといけないのでは、と思います。このことを理解してくれたのは若い女性のソムリエの方でした。

(茶師・森)
茶葉を見て、その姿から味わいやおいしい淹れ方、楽しむシーンまで提案できる。高宇先生がフランスの旅で出会った方の言葉とつながる気がします。一つの茶葉から何を読み取れるか、その広さの大切さというか。消費者が見えないところを私たちお茶専門店が提案できるようになれば、お茶の世界がより広がってお客様に届く。

ソムリエの方が理解されたのもわかる気がします。ワインの世界は味や香り、色の表現の仕方、どんな食事と合うかなど、説明がとても魅力的ですよね。

(高宇氏)
そうですね。日本茶もこれまで欠点ばかり探されていましたが、たとえばワインのように、お茶のおいしさや楽しみ方を表現できる言葉を作らなければならないと思います。言葉をかみしめてお茶を飲んだとき、その茶葉が育てられた風景が広がるような...。お茶のグレードによって値段もいろいろですが、安いから高いお茶よりおいしくない、というわけではない。それぞれに良さがあり、おいしい淹れ方があり、似合うシーンがあります。お茶の魅力を感性豊かな言葉で表現できるようになったとき、人はティータイムに日本茶を選ぶのではないでしょうか。

■継続すること、ときに大胆に動くこと

 

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(高宇氏)
日本茶インストラクターの方から、「インストラクターに必要なものは何ですか?」と聞かれることがあります。僕はそれに、「教養です」と答えています。テキストに書かれたことだけでなく、これまでさまざまなものにふれてきた個人の経験、お茶についてより深く掘り下げて学んだこと、そういったことがよりセミナーを面白くし、また自分自身がより楽しくなると思うんです。自分が楽しめるようになることが一番です。僕が印象に残っているのはベルギーのブリュッセルでのセミナー。このあたりはフランス語圏で、言葉を心配していたのですが、始まったらそんな心配はどこふく風。とっても楽しいセミナーになりました。玉露の味に驚嘆し、素直な質問をしてくださる人たち。現地の人がフランス語を英語に訳してくれて、言葉の心配もなく、たくさんの質問に応対しながら、僕はとても楽しそうにセミナーをしていたそうです。表情や姿勢で僕の楽しさが伝わり、相手の喜びも伝わってくる、温かいセミナーでした。

 

(園主・森)
日本で、海外で、数十年もそのような活動をされているのは相当な熱量だと思います。

(高宇氏)
自店舗でセミナーを約450回くらい開催しています。また、それとは別に「カウンターのこちら側から」というコラム型のメールマガジンを1ヵ月に一度発行しているのですが、こちらももう270号を超えました。1回も欠かしたことはありません。僕の一番の自慢です(笑)。

(園主・森)
それは素晴らしいですね。継続は力なり...ですね。

(高宇氏)
これがきっかけで編集者の方が僕を見つけてくれました。セミナーにも半年通ってくれて、僕に本を書かないかと声をかけてくださったんです。思えば、僕は人に恵まれていて、何かターニングポイントのときにも必ず誰かとの出会いや支えがありました。本当に感謝しています。

(茶師・森)
高宇先生がいろんなヒントを受ける場...みたいなものはありますか?

(高宇氏)
僕は書店を定点観測しています。面白いと思ったのは、とある有名編集者の連想で本が陳列された書店。もう残念ながら今はありませんが...。その編集者がある本を見て、その内容から連想した本を隣に陳列してあるんです。それがずっと続いている。もちろん、すべてその編集者が読んだ本です。印象的なのはそこで働いているスタッフの方でした。お客様に対してとても楽しそうにお店のコンセプトや本の紹介をしていた。きっとものすごく本の勉強もしている方でしょう。あともう一つ、雑貨と書籍が一つの店舗でセレクトショップのように陳列されている本屋です。本屋が生活文化のお店になっているんです。

(茶師・森)
本はネットでも全国どこでも同じものが手にとれる。でも、そのような空間で出会うことで通常だと見過ごしてしまうような本と運命の出会いを果たすことになる。店舗も編集力が大切なんですね。

(高宇氏)
本質がしっかりしていれば、あとは見せ方が大切ですね。そういった意味では、他業種からお茶業界に来た方が大胆に動いているなという印象を受けます。僕はインストラクションをするにあたって、あまりお茶の淹れ方を小難しく面倒くさくしないように、と思っています。実際、お茶は葉っぱにお湯をさせば淹れられるんですから。敷居を高くするより下げて、お茶に馴染んでいただくことが大事。見せ方でひきつけて、お茶に馴染んでいただき、本当のお茶のおいしさをしっかり伝えていければ、長くお茶と楽しんでくださると思います。

(園主・森)
そうですね。当園でも約20年前に当時では珍しいお茶のスィーツを販売して、本日まで続くロングセラーになっています。これがきっかけでお店に入ってきてくださる若い方や海外観光客も多いです。そこでお店を見てまわってくださって、お茶のご試飲をしていただいたら「おいしい」と言ってくださいます。このご縁を大切に、お茶の楽しさを伝えていく活動をもっと活発に行っていきたいと思います。高宇先生のように継続は力なりの精神で(笑)。

-本日はありがとうございました。

 

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